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「アラビアのローレンス――英雄の実像に迫る」 画家・安野光雅
【半歩遅れの読書術】2007.02.04 日経新聞(朝刊)
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中野好夫の文章に心酔し、その著作に描かれる思索と風景は内容の如何(いかん)を問わず美しいと思っている。
わたしは付箋(ふせん)をはる癖があるが、たとえばその著『アラビアのロレンス』(岩波新書)の場合も、付箋をはらないページはないほどだった。
不朽の名作とされる同名の映画に映る砂漠や、鉄道の爆破も圧巻だが、反乱軍がアカバの要塞(ようさい)へなだれ込む場面は実に壮観で、映画でも、ロレンスの書いた自伝でもクライマックスである。しかし中野好夫の見るロレンスには、疑惑がはさまれていた。
時は1971年、第一次世界大戦の真っ最中である。
ドイツ側として参戦したトルコ軍に対して、その覇権のもとにあったアラブが反乱を起こしてくれれば、英国の立場からしてこんな好都合な話はない、つまり英国から派遣されたロレンスは、その任務を帯びた「007」なのであった。かれはそのためかどうか、アラブの衣裳(いしょう)をまとい、反乱軍の先頭にたって、トルコ軍の要塞アカバを攻撃する指揮者となる。
アラブの反乱軍からは、ロレンスが頼みとする勇者と映ったかもしれないが、それは映画の描くところで、実像は中野好夫の疑念があたっていたのだと想像される。
果たせるかな、牟田口義郎の『アラビアのロレンスを求めて』(中公新書)には、アカバ攻略が、ロレンスの発案ではなく、(映画でアンソニー・クインの扮(ふん)する)アウダのそれであり、ロレンスが恩賞を受けたのに対してアウダは英軍司令部から入れ歯を贈られただけだったとある。
映画は西洋側の視点であるのに対して、ヨルダンの史家、スレイマン・ムーサの『アラブが見たアラビアのロレンス』はもちろんそうではない。同書の英訳本を手にした牟田口は、中野から「(この本の翻訳は私ではなく)君がやれ」といわれた。同書が、映画から事実へとロレンス観をあらためるための、実に面白い本らしいことが伺(うかが)える。
そのころロレンスも、英国の高官も知らないうちにサイクス(英)・ピコ(仏)秘密協定が締結されていた。それは一口に言って「大戦が終わったら、アラブの広大な地域を英仏で分けて管理しよう」という密約である。後にロシアもそれに加わったが、ロシア帝国が倒れたとき王宮に入った革命軍によって、この秘密文書が暴露された。驚いたことに「アラビアのロレンス」とイラク戦争など今日のアラブの紛争は歴史的に通底しているのだった。
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