2017-09-01から1ヶ月間の記事一覧
ここでも始祖・祖先伝承が語られています。「国造(くにのみやつこ)」は一郡程度の領域を支配した地方豪族で、後に「直(あたい)」の姓(かばね)を与えられました。「県(あがた)」は直轄領(ちょっかつりょう)やその他要地に設けられた小地域で、県主(あがたぬし…
須佐之男命が高天原によっていらっしゃる時、天照大御神は弟には邪心があるとお考えになりましたが、元々、須佐之男命には高天原を奪う意図はありませんでした。このことから、天(あま)つ神(かみ)も他の神の心の内をお読みになることは、必ずしもおできにな…
渡部昇一の現代史観は、みずからの二本の脚だけで立っている。浮世のいかなる勢力にも依存していない。自説を権威に仕立てあげようなどと、卑しい眼配りなどしていない。歴史記述に筋金を通すには、孤独の美徳に徹する必要がある。何かに寄りかかり凭(もた)…
「風定花猶落、鳥啼山更幽」(風定まって花猶落ち、鳥啼(な)いて山さらに幽(ゆう)なり)と対句になっています。風が吹きやんでも、なお花は散り、鳥が啼いても、山はなおいっそう深い静寂に包まれる、という意味です。ふつうなら、風が吹いて花が散る、鳥が…
歴史とは何か。多くの資料を探索し文章に落とす作業を続けながら、この疑問が脳裏から離れたことはありませんでした。確かに諸事件の関連を考察し、未来を見つめる鑑(かがみ)となるものが歴史です。しかし、その事件を記録した資料は事実を語っているのだろ…
ここでもう一度、古典文献学者の加来彰俊氏の「史料論」に立ち帰ってみよう。そして、陳寿の書いた2千字がいかにナンセンスな文章であるか、いかに歴史と無関係であるかを、肚の底から読者にわかっていただきたい。
須佐之男命が自らの潔白を示すために提案なさったのが誓約(うけい)です。ですから、誓約の本来の目的は須佐之男命に邪心がないことを証明することだったはずです。ところが、邪心の有無を明確にするためには、本来誓約の前には必ず勝ち負けの基準を決めてお…
【宮崎】 三島事件直後に江藤淳と小林秀雄が対談したときに、江藤さんは「三島事件は三島さんに早い老年がきた、というようなものじゃないですか」と言った。そうしたら小林秀雄は怒ったんだよね。じゃあ、君は堺事件をどう思うのか、と。
第二に、戦後の捕虜問題のほかに、戦時中の捕虜問題がある。捕虜として投降した者をも、捕虜として認めず、殺してしまう方法である。これは捕虜問題を起こさない一つの方法と言えよう。捕虜になるつもりで降伏した兵士を皆殺しにすれば、戦場における戦果で…
戦争の形態が、このように実戦で勝敗がついた時代から、抑止戦略がものを言った――それでソ連は崩壊した――時代に変わり、さらにそれがもはや絵に描いた古びた餅に過ぎないとなった現在、世界史を変える戦争とはどのような戦争でしょうか。それは軍事力よりも…
つまり、長期的に考えると、「文化の一体性」は、その国が堅固な国家という形を保つための大きな凝集力になるということです。もともとアメリカにはそれがなく。かろうじて残っていた「アメリカン・マインド(精神)」も「文化多元主義」の名の下に、近年さ…
H29.07.31 私の魂の奥底には反逆者が居座る ( クリント・イーストウッド ) There's a rebel lying deep in my soul. ( Clint Eastwood ) H29.07.30 人は異なる温度で沸騰する ( クリント・イーストウッド ) We boil at different degrees. ( Clint Eastwood …
「心塵脱落」は、道元の師、中国・天童山の如浄禅師が、道元の大悟を認めた印可(いんか)の言葉で、心につきまとう塵やごみ(煩悩のこと)を取り払い、雑念や妄想から解放された安らかな心の状態をいいます。心塵脱落は、仏教思想の根本的なテーマです。道元…
追放された須佐之男命(すさのおのみこと)は、黄泉国(よみのくに)にいらっしゃる母の伊耶那美神(いざなみのかみ)のところにおいでになる前に、高天原(たかまのはら)に上り、天照大御神(あまてらすおおみかみ)に報告することになさいました。