2013-01-01から1ヶ月間の記事一覧

長篠合戦における信長の出足のおそさについては、古来、定説がない――司馬遼太郎さん

雨。なお降りやまない。行軍がつづいた。伊右衛門らの属する羽柴隊が、岐阜の城下に入ったときも、なお雨がつづいていた。天正3(1575)年5月のはじめのことである。(戦さの相手は、甲州の武田勢だな) 伊右衛門らは、はっきりとは聞かされていなかっ…

ところが気位の高い淀君は家康のやったことに満足しなかった――渡部昇一教授

関ヶ原で勝ってからの家康は、後世の人から狸爺と呼ばれ、明治以降の講談でも悪役に回ることが多かった。これは、秀吉から後見を頼まれた秀頼を大坂城で亡ぼしたことが大きな理由だろう。だが、家康にしてみれば、この点は十分弁解の余地があると思う。

沢彦は信長に「岐阜」という地名を示唆し、「天下布武」という発想を与えた人物である――童門冬二さん

あなたはもう尾張や美濃という一地域にしがみつくような存在ではない。もっと日本全体のことを考えるべきだ。その拠点として、自分の志を天下に告げるためには、まず井の口という地域を岐阜(阜は丘のこと。つまり山より低い)と改称して、拠点の名が即あな…

こちらに被害が生じてからしか、反撃ができないというのが、憲法解釈の答えなのである――安倍晋三総理

憲法第九条第二項には、「交戦権は、これを認めない」という条文がある。これをどう解釈するか、半世紀にわたって、ほとんど神学論争にちかい議論がくりかえされた。どこの国でももっている自然の権利である自衛権を行使することによって、交戦になることは…

たった一人に全ての権力が集中するようでは、国民の心は安まらないのである――谷沢永一教授

本来わが国民は、国民投票によって「天皇」「首相」を選出することを好まない。だから幾重にもクッションを置いて、間接的にリーダーが選出されるようになっている。むしろ、「能力」「実力」によって首相が選ばれることよりも、派閥の「力学」によって選ば…

必ずしもピアノの前に座っていなくても、有効な練習ができる――スーザン・トムズ

私の知り合いにも、黙って楽譜を見つめることで大いなる喜びを得る人たちが実際にいる。たいていは音楽史や音楽学の学者たちだ。彼らは、楽譜やスコアをじっと見ているだけで音を想像することができる。まるで音楽会で生の音楽を聴いているかのように感じる…

どこの国の言葉をみても、必要にして十分なだけのことを表現しているものはない――外山滋比古さん

人言はそういう冗語性の大きな、ムダの多い言語を毎日使って、言語生活をつづけている。言葉を使っているかぎり、いかなる人もムダから無縁ではあり得ないわけだ。食べるものにこと欠くような人々ですら、言語を使うことによってのムダはすることができる。…

人生も、その道程を楽しんでいるうちに、一生かけてなにかをする、というのがよいと思う――森毅さん

人間というものは、ムダが身につくもので、ムダなくやったことは、しばらくすると、ムダなく消えてしまう。ぼくなんか、いちおうは長い間、数学の勉強をしてきたが、結局は自分の身についたのは、ムダの部分だけだったような気がしないでもない。早くおぼえ…

お茶とマンジュウがならぶと先生はひとこと、「食べたまえ」と言った――外山滋比古さん

Aは学校のとなりの畑からイモを失敬してきて校庭のすみで焼きイモを焼きかけたが、見つかるという未遂事件をおこしたのである。ただではすむまいと友だちも心配していた。それから数日たった今日、担任のP先生から準備室へ来るようにと呼び出しを受けた。…

石田三成は、信長の家来だったときの秀吉とおなじようなものだ――池波正太郎さん

三成は、小さいころの名を左吉といった。「わしの手もとをはなれ、いろいろと勉強をしたほうがよい」と、父は考え、左吉を観音寺というお寺へあずけることにした。三成が観音寺へ来たころは、ちょうど、織田信長が小谷城の浅井長政を攻めていた。観音寺のう…

日本国憲法は1946年2月、米国軍人十数人により10日ほどの間に書かれた――古森義久さん

今年は憲法の改正が国政の主要課題としてついに正面舞台に登場しそうである。改正への取り組みでは改めて、日本国憲法とはなんなのか、その起源にさかのぼって正確に認識することが欠かせないだろう。とくに日本の憲法がどのように作られたかを客観的に知る…

現行憲法に家族尊重規定がないことは、重大な欠陥の一つだ――石川水穂さん

「家族は人類社会の基底…」のくだりは、「日本の法文の形になじまない」と日本側から削除を求め、GHQが同意した。GHQと折衝した当時の法制局第一部長、佐藤達夫氏は自著「日本国憲法誕生秘話」で、「昨今、憲法改正論議の一つの題目に家族の尊重という…

日本神話の論理は統合の論理ではなく、均衡の論理である――河合隼雄さん

中心が空であることは、善悪、正邪の判断を相対化する。統合を行うためには、統合に必要な原理や力を必要とし、絶対化された中心は、相容れぬものを周辺部に追いやってしまうのである。空を中心とするとき、統合するものを決定すべき、決定的な戦いを避ける…

信長の最期についての謎めいた事情について不思議でならないことがある――津本陽さん

本能寺は法華宗の本山のひとつで、宗徒である堺商人たちの鉄砲取引所である。広大な寺域は四方に堀がめぐらされ、内側に土居、木戸のある城郭のような構えである。このなかに警固の馬廻衆を待機させておけば、その数がたとえ五百人ほどであっても、明智勢の…

ロシアに対して好感を抱けない理由は、ひとことでいえば旧ソ連の日本に対する言動です――上坂冬子さん

日本がポツダム宣言を受諾した8月15日を期して連合国は一斉に戦いを止めたのに、ソ連だけが90年前から自他ともに日本の領土と認めていた北方四島に乗り込んできて、そのままこんにちに至ったのは不当占拠としかいいようがないではありませんか。

広島と長崎は福島の1千数百万倍の高濃度の放射性物質で汚染されました――渡部昇一教授

福島第一原発の事故で拡散した放射性物質は、広島と長崎に比べればとるに足らぬものです。なのになぜ除染しなければならないのでしょうか。無駄なこと、というほかはありません。住民の強制避難といった民主党政権の措置の過ちを正当化するために無駄を承知…

GHQは何と、日本の「社会主義化」を図ろうとしたのである――藤井聡さん

敗戦後、マッカーサーのGHQ(連合軍最高司令官総司令部)統治下、1947年に日本国憲法が施行された直後には片山内閣が誕生したのだが、この片山哲氏は「日本社会党」の委員長だったのだ。つまり、アメリカの支配下において、いわゆる左派内閣が誕生し…

マスコミが人々の迷妄を醸成し、意図的に反原発の流れを作り出している――渡部昇一教授

結局原発ゼロにするなら、火力発電以外にはないのが現実で、福島第一原発事故以後、すべての原発が運転を停止したのと同じ状態になるわけです。つまり、一日百億円以上もの無駄金を流し出し、日本を貧しく衰えさせていくことになります。これをどうするのか…

伊庭貞剛は、利害を度外視して天の道と信ずるところを行ったのである――中野孝次さん

前に露伴が、張る気をひき起す第一の理由に、「我と我が信との一致の自覚」をあげているのを紹介したが、伊庭貞剛の生涯と事業を見ると、彼の行動はつねにその一致の上に行われていたことがわかる。だからこそ何ものもおそれず事を行なえたので、彼はおそら…

文字をひろって目で読むのがよくないのではないか――外山滋比古さん

イギリスの世界的哲学者だったバートランド・ラッセルの自伝を読んで、おもしろいことにぶつかった。「耳で読んだ」というのである。どうして耳で読めるのか、というと、読み手がいて、読んでもらって、それを聞く。それで、耳で読むとなるのだ。

それにしても、明らかに運が強い人がいる。私の知っているなかでは、開高健がそうだ――谷沢永一教授

開高にはいろいろな見方があるけれども、ある面では性格に可愛げがあった。新潮社と文藝春秋にいる二人の編集者が開高を引っ張り上げたのはその辺りに一因があっただろう。したがって、一概に運だけではないが、運の強い開高と付き合ってきた私は、彼に引っ…

考える順番でいえば、「転」が最初。つまり、「転起承結」なのだ――齋藤孝さん

文章の構築方法として「起承転結」ということがよく言われるが、それに縛(しば)られてしまうと書けなくなる。「起」から考えて、次に「承」に行って、「転」というふうに構築しようとすると、頭が硬直して書けなくなる。「起承転結」とは、四つが均等のもの…

本田雅和記者は本多亡きあとの朝日のホンダとして、業界内では名物記者なのである――西村幸祐さん

言論界、ジャーナリズムに身を置く者なら、「朝日のホンダ」という言葉は耳にしているはずだ。一人は言うまでもなく『中国の旅』『殺される側の論理』の元朝日新聞記者の本多勝一氏、次は平成元年(1989)に朝日の信用を失墜させ、一柳東一郎社長が辞任…

戦後日本の左翼運動が、産学協同を蛇蝎(だかつ)のごとく憎んだのは周知である――谷沢永一教授

日本の左翼は諸外国の共産党と比較して数多くの特色を発揮した。その第一は、日本という国家を徹底して悪(あ)しざまに罵(ののし)り、日本の歴史を暗黒に塗りつぶした論法である。これは第一インターナショナル以来、世界の共産党すべてが、自分たちの故国を…

国益を損なう歴史認識や事実の誤りを正し、理解を求める外交努力を続けてもらいたい――産経新聞

安倍晋三首相が歴史問題に関する日本政府の立場について、平成7年の「村山談話」に代わる未来志向の新たな「安倍談話」を発表する方針を打ち出した。「植民地支配と侵略」への「お詫(わ)びの気持ち」を強調した村山富市首相談話は政府の対中、対韓外交を萎…

上手に捨てることができたものほどよいものになる――森政弘博士

私が最初に「捨てる」という問題に心をとめたのは、たばこをくゆらせていたときだ。たばこの燃えている部分は、まさしくたばこの役割を果たしているところで、煙になって口に吸われる。ところが真ん中へんはまだ吸われず、前の葉っぱを支え、煙をこすフィル…

つまり、日本の政府がいじめられっ子を自作自演しているわけである――谷沢永一教授

外国に対して理由もないのに謝るということを始めたのは、天照大神(あまてらすおおみかみ)以来、宮沢喜一が初めてなのである。強請、たかりは、決して悪くない。つまりゆすられるほうが金を出さなければゆすっても意味がないわけで、ゆすられたから、たから…