「エリート・コース」と「エリート教育」の違い――渡部昇一教授

 「東京裁判史観(自虐史観)を廃して本来の日本を取り戻そう!」
    そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現します。
   ( 心が臨界質量を超えるとは → http://tinyurl.com/5kr6f )
     ( 東京裁判史観とは → http://tinyurl.com/kkdd29p )
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《 いま注目の論点 》
★平成に学ぶ「日中」の教訓――石平さん
【「石平のChina Watch」産経新聞 R01(2019).05.09 】https://tinyurl.com/yxdo8d3k
★戦時労働者問題で国際広報急げ――西岡力・モラロジー研究所教授・麗澤大学客員教授
【「正論」産経新聞 R01(2019).05.09 】https://tinyurl.com/y4ctp83x
★御代替わりにあたり
立憲君主を支える国民の務め――江崎道朗・評論家
【「正論」産経新聞 R01(2019).05.06 】https://tinyurl.com/y4v5mtpt
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●「エリート・コース」と「エリート教育」の違い

『学問こそが教養である』https://tinyurl.com/y2qpjols
【 渡部昇一(著)、江藤裕之(編集)、扶桑社 (2019/4/16)、p134 】

私の人生で、「知が啓けた」と思った経験をしたことが何度かありますが、それは英文法と、数学でいえば微分・積分を習ったときでした。その時、はじめて数学というものの面白さを悟ったような気がします。いずれも旧制中学の話です。私の記憶では、微分を習って楽しかったなどという人はあまりいないようですね。

だから、その意味で「エリート教育」というのは必要ではないかと思うのです。つまり、「エリート」の学校ですね。私は、社会における「エリート・コース」、つまり出世コースは百害あって一利なしだと思っておりますが、「エリート教育」は必要です。

エリート・コース(出世コース)とエリート教育の違いはどこにあるのかといいますと、エリート・コースというのは、例えば財務省なら、東大法学部をいい成績で出て、国家公務員上級試験をいい成績で通って財務省に入ってしまえば、実務の経験のない20代でどこぞの税務署長になり、その後は定年まで出世は決まり、退職後はどこかの銀行の頭取か重役に天下れるというように、よその人が入る余地のない決まった特別コースが用意されているのがエリート・コースです。

しかし、真の意味での「エリート」というのは、どういった学校を出ていても、それに関係なく登用されうる人物のことを言います。例えば財務省の局長としてふさわしい人物であれば、東大を出て20代の頃に財務省に入り決まったコースを歩んだ人でなくとも局長になれる。そういった地位にふさわしい、実行力、能力、識見、教養を兼ね備えた人をエリートと呼ぶのです。

単なる出世コースであるエリート・コースはあってはならないが、選ばれた人という意味でのエリートは必要であり、そのエリートを養成するエリート教育はあるべきだというのが、私の主張です。この、「エリート・コース(出世コース)」と「エリート教育」を混同してもらっては困ります。


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