般若心経 《 死とともに、生をも恐れる現代人――松原泰道 》

20年に及ぶブログ活動の集大成 → <a href=https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/3d8eb22fad45ce7b19d6a60e8a70b7e7" target="_blank">★仏様の指
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■緊急拡散宜しく『選択的夫婦別姓は戸籍廃止を策した反日勢力の亡国法案です』【「水間条項」国益最前線ブログ】
■超拡散記事『上限の無い特定技能外国人(移民)に認めるバス運転手・鉄道運転手に貴方の命を預けられますか!』
■国内外に拡散宜しく『安倍晋三ファン必見10連発動画』 55.1K
■安倍晋三総理 移民受入れ4連発動画 419.7K
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


執着の牢獄から脱するにはどうしたらいいのでしょうか。心経は「罣礙するな」――こだわるな、執われるなと教えます。どうにもならない事実を、どうにかしたいと執着するから、次から次へ思い悩んで、精神的に果てしのない無期の囚人生活を重ねるのです。この難問を解決するには、人間の力ではどうにもならぬ事柄を、どうにかしようともがかずに、どうにもならぬことは神でもいい、仏でもいい、人間よりも大いなるものにお任せするしかありません。そして自分の力で、できる範囲で精一杯生き抜くことに努力しようではありませんか。


『わたしの般若心経』
( 松原泰道、祥伝社 (1991/07)、p268 )
8章 無罣礙(むけいげ)――とらわれるな
(1) 執着を断ち切る
以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖
いむしょとくこ ぼだいさつた えはんにゃはらみつたこ しんむけいげ むけいげこ むうくふ

◆死とともに、生をも恐れる現代人

戦前に比べて、人間の平均寿命は延びました。ところが、長命ではあるものの、脳の機能障害のために、ただ生きているだけという植物人間が新しい問題として生じています。そのため、最近では、植物人間になるのを恐れて、自然死運動が起こりました。私もまた、この運動に参加していますが、現代人は死を恐れるだけではなく、生をも恐れる傾向があります。

人知では何ともならぬものを何とかしようとして、そのつど人知が開発されて、高次の人間になりました。その一面、人知の開発に正比例して、人知の及ばない部分が前面に立ちはだかります。人間は進歩するにつれて、迫害も受けなければならないのです。

『旧約聖書』によると、神の創った最初の人間の男女のアダムとエバは、神の戒めに背いて知恵の実を味わったために、楽園のエデンの園から追放されました。それは、けっして聖書の創世記に限りません。現代人もまた科学知識の実を食べて、自然から追放された新しいアダムとエバの思いがします。その罪の償いを果たす責務が、私たちに課せられています。

仏教思想のうえからすれば、この罪とは「足ることを知る(知足(ちそく))」英知に反する罪です。知足の英知は、人間にだけ与えられた高次の英知です。知足の英知に反すると、人間は満足を知らない執着の囚(とりこ)になって苦しむのです。

では、執着の牢獄から脱するにはどうしたらいいのでしょうか。心経は「罣礙するな」――こだわるな、執われるなと教えます。どうにもならない事実を、どうにかしたいと執着するから、次から次へ思い悩んで、精神的に果てしのない無期の囚人生活を重ねるのです。

この難問を解決するには、人間の力ではどうにもならぬ事柄を、どうにかしようともがかずに、どうにもならぬことは神でもいい、仏でもいい、人間よりも大いなるものにお任せするしかありません。そして自分の力で、できる範囲で精一杯生き抜くことに努力しようではありませんか。

大いなるものに任せ切ると、自然に自分に執われる小さな我執(がしゅう)が解けます。我執が解けると、誰かが、何かが自分を支え守ってくれている事実に気づきます。

ことわざに“天は自ら助くるものを助く”とあるように、自分で努力するものは、神・仏とか、先祖とかの守護が肌に感じられます。それは、私たちよりもスケールの大きな生命力が、私たちに作用するからでしょう。