偶然は用意の出来ている人間しか助けない
( ルイ・パスツール )
Chance favors only the prepared mind.
( Louis Pasteur, French chemist, 1822-1899 )
◆幸運は手の届くところで待っている
『自助論』
( サミュエル・スマイルズ、三笠書房(2002/3/21)、p68 )
何度もくりかえすように、われわれを助けるのは偶然の力ではなく、確固とした目標に向かってねばり強く勤勉に歩んでいこうとする姿勢なのだ。意志薄弱で怠惰な人間、目的もなくぶらぶらしている人間には、どんな幸運も意味を持たない。彼らは、目の前をまたとないチャンスが通り過ぎても、その意味もわからずぼんやりと見逃すだけだ。
反対に、幸運の女神を抱きとめようと虎視眈々(こしたんたん)と狙っていれば、きっと驚くほどの成果が得られるだろう。チャンスは、いつもわれわれの手の届くところで待っている。問題は、それを機敏にとらえて実行に踏み出すかどうかなのだ。
ワットは、計算器具の製造に携わるかたわら化学と力学を独習し、スイス人の染物師からドイツ語を教わったという。蒸気機関車を発明したスチーブンソンも、炭坑で機械を運用しながら非番の夜は算数と測量術を学んだ。昼間も、食事どきのわずかな時間を惜しんでは石炭車の壁を黒板代わりに白いチョークで計算の練習を積んだ。
物理学者ドールトンにとって、勤勉は幼少のころから身についた生涯の習慣だった。彼は、わずか12歳で郷里の村の学校に教師として勤めた。冬は授業を受け持ち、夏は父の農場で働いた。厳格なクエーカー教徒の家庭に生まれたものの、時おり友人たちと金を賭けてまで勉強を競ったほどだ。ある時などは難問をみごとに解いて思わぬ大金を手にしたが、彼はその金で冬に使うロウソクを買いそろえたという。
ドールトンは死の1、2日前まで気象学の観測をつづけたが、こうしてかれが生涯かけて集めた資料は実に20万件にも上るのである。