教祖に魅力あれば邪教でも興る――伊藤肇さん

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★メディアの自殺行為 → https://tinyurl.com/yckv9yk2
前川喜平氏は、官邸が「加計ありき」を押し付けてきたために行政がゆ
がめられたと主張しました。しかし、そんな事実はないことが7月24
日の衆院審査において証明されました。「家計ありき」は前川氏ひとり
の思い込みでしかなかったということです。しかしメディアは、前川氏
の主張にもとづく報道を未だに繰り返しています。報道が真実を隠蔽す
るという、まさに自殺行為を繰り返しているのです。

  https://www.youtube.com/watch?v=Qd7uORWN7gQ 
  加計疑惑!安倍晋三: 小野寺五典(自民)7/24衆院・午前

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『人間的魅力の研究』https://tinyurl.com/yaarjbjn
【 伊藤肇、日本経済新聞社 (2000/11/7)、p28 】

1 深沈厚重の魅力

  いわく言い難(がた)し、良寛の慈愛
    法を説くでもなく道を談ずるでもなく……

1-2 教祖に魅力あれば邪教でも興る

同じ政党に属し、同じイデオロギーをもつと自称しながら、全く別人のような場合がある。同じことをしゃべりながらも、一人は大衆の心をとらえ、一人はそっぽをむかれる。

魅力を欠いた人間が、イデオロギーをふりまわすところでは、すべてが陰惨になる。抽象的な用語だけが独裁力を発揮するからだ。たとえば、シュプレヒコール、あれは人間が個性をなくし、ブロイラー化した時に発する音である。人間は全く不在で、鶏や豚のけたたましいなき声と顔がそこにあるだけのことだ。

また新興宗教を見てみよう。たとえ、それが邪教であろうとも、教祖には教祖なりの魅力があればこそ人をひきつけ、接する人々の心に何ものかを生ましめるのである。

歌人で、民俗学者でもあった折口信夫(おりぐちしのぶ)が、ある座談会で「宗教が興隆する時の条件」として「魅力ある教祖の出現が第一である」といいきっていた。宗教論がいかに盛んになり、精緻(せいち)になっても、それだけでは宗教は決して起らないのである。